店舗紹介

茶葉、外観、内観の写真

本店

宮崎県都城市庄内町12613
TEL 0986-37-0010
FAX 0986-37-2631

0120-0986-37

宮崎営業所

TEL 0985-29-9020

店舗沿革

南﨑常緑園は明治2年 南﨑常右ヱ門により創業され、約150年にわたり都城茶を守り育てて現在に至っている。(現在は6代目が担当)
初代 常右ヱ門が最初お茶の植栽を思い立ったのは、都城地域が昔より茶の栽培が盛んな土地柄であったことと、当時の地頭 三島通庸の薫陶によるものである。
茶園の管理と手揉みによる製造を中心に製品の荒茶は宇治、京都へ、又沖縄へさらに横浜港よりアメリカへ販売していた。
大正年間に入り、製造機械が開発されると、いち早くその導入を図り、近代化に努め、静岡より製茶技術者を招き、質の向上を図った。
都城が周囲を山で囲まれた海抜150mの盆地でお茶の栽培に大変適していることもあって、当時各地で開催された大博覧会にも積極的に出品し数々の大賞を受けている。
昭和初期より戦時中・戦後の混乱期も茶業を守り、昭和24年には常緑園を法人組織に改め、南﨑茶業株式会社(資本金:3,600,000円)と社名を改め、南﨑常緑園は屋号として残した。昭和39年には小売部門を開設。従前は荒茶で問屋に販売していた製品を製茶加工を加え、小売販売を開始し、自社茶園における茶の栽培、自社工場においての製造、精製加工、そして最終小売を行うという一貫経営の形をとり現在に至っている。

人物画像

初代   常右ヱ門
二代   常太郎
三代   福一
四代   吉二
五代   洋史
六代   常倫 (現在)

地域社会活動に尽力

明治14年、土蔵を建てた初代の墨書が太いはりに残る。「教訓」と題した文は、苦労の末に建立を果たした経緯をつづり、「子孫、家ノ業職ヲ不怠彌勉勵父之志ヲ亜キ家名繁栄候様可心掛肝要」と求めている。ひたすら家業に励んで父の志を継承し、家名繁栄を心がけなさい。常右ヱ門は1911年、日向製茶の名声を高め、養蚕や植林に努めた功により緑綬褒章を受章。自ら範を示した。初代が有限実行した教訓は、今も南﨑家の家風として脈々と伝わる。男性が家業を担い、女性は地域や福祉に貢献してきた。夫も妻も家の内外で、地域と社会のために働き続けてきた。
四代吉二の妻、キミは、教育委員や保護司、民生委員など多くの公職を引き受け東奔西走した。五代洋史の妻、正子も献身の人である。国際ソロプチミスト都城やDV被害者支援グループで代表になり女性の生活向上に尽くしてきた。宮崎家裁都城支部の家事調停委員も18年務めた。社会福祉法人評議員も20年続けた。
創業150年を超える、初代常右ヱ門の教訓は「いえの宝」として旧家に息づいている。公のために汗を流してきた子孫の取り組みもまた、都城の「まちの宝」といえる。

人物画像

特許取得

○特許第1414474号 「お茶生葉の二段蒸熱方法」(1987年取得)
○特許第1414475号 「お茶生葉の二段蒸熱装置」(1987年取得)
上記2件の特許を昭和62年12月10日付けで取得した。この特許は、お茶製造の第一工程にあたる蒸熱に関する「製法」と「装置」の特許でこの装置を用い、この方法でお茶の生葉を蒸すと従来の方法では得られなかった香り、味、水色、形状のバランスのとれたお茶になり、変質をおさえ新茶の状態を長期間持続することを可能にした。特に都城茶の最大の特質である「香り」が高い、まろやかな甘味の残る煎茶を製造することが出来る。お茶の生産者で特許を取得するのは、全国でもあまり例がなく九州に於いては勿論弊社だけである。

受賞多数

内閣総理大臣賞 1回
農林水産大臣賞 5回
宮崎県知事賞  7回

賞状画像

茶園

自社茶園で栽培しています
都城市関之尾町 2ヘクタール
栽培品種
・在来種 ・おくみどり ・やぶきた

工場

●荒茶工場 60キロ型 2.5ライン(葉打機、回分機、粗揉機導入)
●精製加工場 山益式、総合再製(精製)機 1ライン

茶畑写真内観写真

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